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夜明け前の商店街にて

先日、あるシステムのメンテナンスの仕事で、深夜1時過ぎまで作業していました。
私は家から職場まで片道1時間半の道のりなので、タクシーだけで帰ることは金額的にできず、その日は朝までファミレスで時間を潰すことになりました。

24時間営業のファミレスには、徹夜でレポートを書いているらしい学生が何人かいて、なんだかほっとした気持ちになりました。

座席では眠ろうにも眠れず、夜明け前の朝5時。始発に乗るため、寒さに震えながらとぼとぼと商店街を歩いていると、見慣れない電気工事の車両が何台も止まっています。電柱のメンテナンスでしょうか、作業をする人や交通整理をする人、10人以上が黙々と仕事をしていました。

それを見たとき、はっとしました。ああ、この時間からこの寒さの中、仕事をしている人がいる。自分がひどい目にあっていると心の中で愚痴を言っていたけれど、そういえば作業をしている部屋には暖房が入っていたんじゃないか?
つい自分の辛さだけに目がいってしまうけど、誰でもそれぞれ辛い部分をこらえて、折合いをつけて生活しているという「普通」を思い出したんです。
沈んでいく気持ちを、平らなところにすくい上げてもらったようでした。

公務員と言えば、安定して楽な仕事、というイメージを持っている人も多いと思います。
実際のところは他の仕事と同じように、仕事で病気になる人もいて、そうのんびりしたことも言っていられないんですが…ある程度恵まれた環境であることだけは、忘れちゃいけない。少なくとも、自分が一番かわいそうだと思うような、いじけたやつにはなりたくないものです。

公務員という働き方を選んで、無事に働けている。だけどそれでも、ギターとウクレレの教室を開くんだということ。
状況のせいではなく、自分で選んで、決めるんだということ。

教室を始めてうまくいかない場面は、今想像するよりはるかに重く、色々なところで出てくるのでしょう。そういうときこそ、夜明け前の商店街で感じた気持ちを思い出したい。
そんなふうに思っています。

お読みいただきありがとうございました。
疲れたら何も考えずに寝る。それができたら、いいのにねえ。

楽器を丁寧に扱うこと

生まれて初めて、日記を一年つけることができました。私はもともと飽きっぽくて、大好きなゲームでも、それほど気持ちが続くことは少ないんです。
ああ良かったなあ、くらいの感覚で、年明けからも日記を書いていました。

そんなときにライターの古賀史健さんのこの記事を読んで、やけに納得しました。
https://note.mu/fumiken/n/n008614a79270

古賀さんは継続のコツとして、こう書いています。
「雑に扱ったそれは、かならず飽きる。丁寧に扱ったそれは、かならず育つ。」
私に置きかえれば、ほぼ日手帳と、それに書きつけるパイロットの万年筆、そして丁寧に書いてきたという実感があって、日記が続いたんだと思ったんです。

そして同時に思いました。楽器も、同じなんじゃないでしょうか?
私が高校・大学を卒業してもギターを続けていたのは、それまで丁寧に時間をかけて練習していたからこそ、向き合った時間があったからこそだと思います。もし私が腕を怪我して、一生ギターを弾けないとしたら、大変な喪失感を味わうでしょう。なんとか弾ける方法はないかと、食い下がるかもしれません。
気持ちを傾けてきた時間が長いほど、自分にとって大事なものになるのだと思います。

今まで私が初心者の方にギターを教えるとき、とにかく部屋のすぐ取れる位置にギターを置いてください、と伝えてきました。手に取る回数こそが練習する習慣につながり、引いては状態につながると思っていたんです。
でも今度から、手に取るだけでなく、「クロスで軽く拭く」ということを勧めたいなと思います。

ギターをケースから出しておけば、当然細かい埃がつきます。それを毎日、5秒でもいいからひと拭きしてあげれば、その「丁寧に扱った」という実感が、ギターへの愛着を生む。愛着がわいたら、あとは誰に言われなくとも、なんだか放っておけない気持ちになって、ギターに向き合う時間ができていくでしょう。基礎的で面倒なことも、練習したり、勉強したりする気になるかもしれません。そうした時間の積み重ねで、楽器は、なくてはならない生活の一部として育っていくんじゃないでしょうか。

頑張ってモチベーションを上げて練習を…なんて意気込むよりも、毎日ひと拭き。
私も今日から試してみようと思います。ご一緒に、いかがですか?

お読みいただきありがとうございます。
愛妻家というのも、妻に丁寧…

万年筆で、自分の字が好きになる

少し前の話になりますが、30歳になりました。
誕生日の前に妻から、記念になにが欲しいか聞かれて、しばらく悩んだ末に万年筆をお願いすることにしました。

理由は、30歳という節目に、形に残るものがいいなということ、2018年の初めから紙の手帳をつけ始めたこと。そして「ほぼ日」の万年筆の特集を読んで、ピンときました。
今まで全く使ってこなかった万年筆に興味がわいて、ボールペンと何がどう違うのか、試してみたいと思ったんです。

文房具好きの妻に誘われるまま、銀座は伊東屋さんへ。万年筆の置いてあるフロアには、立派で綺麗な万年筆が整然と並んでいました。私の買い物はかなり速い方だと自覚していますが、この日もひと通り眺めた後、すんなりとパイロットのノック式万年筆を選びました。

「ほぼ日」で勧められていたのもありますし、かしこまらずに使える適度な価格帯、試しに持ってみてしっくり来たこと、そしてシンプルなデザインだったのが気に入りました。
名入れは断ろうとしたのですが、妻の勧めで入れてもらうことにしました。今ではより愛着がわくような気がして、名入れしてもらってよかったと思っています。

その日万年筆を持って帰ってインクをセットし、早速日記に書き込んでみると、あまりインクが出ません。こんなものかな?と使っていたら、1日2日と書いている内に、少しずつインクが出るようになりました。普段使う人には当たり前のことだと思いますが、やっぱり初めてというのは面白いものですね。

書いている内に、線の色に濃淡があって、絵を描いているような気分になりました。インクが乾くと少し色が薄くなって、綺麗に見えるのも面白いです。
そんな風に面白がって書いていると、以前よりずっと丁寧に字を書いていることに気がつきました。ボールペンで書いていたページは走り書きになったり、言葉もおざなりになっていた部分が多かったんですが、日記を書く時間自体ゆっくり取るようになったんです。

太さに合わせて字の大きさもある程度揃うこともあり、字を書いたページそのものが綺麗にみえるので、自分の書いた日記を読み返すときも楽しいです。上手くはないですが、自分の字もこれでなかなか悪くないな、と思えるようになりました。

道具に合わせて生活が少し変化するというのは、なんとも面白くて、嬉しいことだなあと思います。
こんなにモノに愛着がわいたのは、しばらく前に…

ボイトレに挑戦

インフルエンザが流行っていますね。私もいつも以上に、喉の調子を気にしています。

しかしどんなに飲み物を飲んでもアメをなめても、たくさん話していると、どうにも喉が痛くなるんです。
人数の多い会議であればある程度声をはる必要もありますし、細かい仕事の内容を説明するために、1時間以上話しながら仕事をすることだってあります。

どうも、私は他の人より、喉が疲れたり痛くなるペースが速いようだぞ、と思ったんです。そこで、どうにか良くする方法がないかとしばらく検索してみました。

調べ始めてすぐにわかったのは、話したり歌ったときにのどを痛めにくくする発声方法はたしかにあること。
そしてどうやら、練習が必要そうだぞ、ということでした。

腹式呼吸を身につけましょう、喉を開きましょう、声帯をコントロールしましょう…
楽器の練習と同じで、ひとつひとつ知って、繰り返しやってみるのが良さそうです。

こうした話はボイトレ教室の記事として出ているものも多かったので、ぼんやりと、そういう所に行くのも面白いかもしれないと思いました。
歌も上達するかもしれません。

歌の実力について言えば、私は小学二年生の頃、好きな女の子に「音痴だね」と言われる程度にはひどいもので、長い間コンプレックスになっていました。
ギターを弾き始め、音感のトレーニングをしたことで音程は取れるようになりましたが、歌の上手さは別の問題。到底歌ってほしいと言われるレベルではありません。

この際歌の練習もしたいなあと思うところですが、最初から欲張るのは挫折の元。
まずは普段の話し方を変えたいと思っています。
記事を書いている間も、腹式呼吸を試みているところです。

お読みいただきありがとうございます。
果たしていつ頃どう変わっていくのか、自分が楽しみだ。

大好きなゲームに負けないくらい

ゲームのすごさを、改めて実感しています。
去年の10月から、ふとしたきっかけで妻とドラクエ10を始めました。しっかりとしたオンラインゲームをやるのは2人ともほぼ初めてでしたが、すっかりハマってしまったんです。

ドラクエ10では、複雑だけれどおもしろい要素を、少しずつ抵抗なく理解できるように、いろんな工夫がされています。だから忙しいと思っていてもついつい始めてしまうし、中々やめられないほど夢中になれるんです。
たくさんの人が長い年月関わって作り上げてきた熱意とこだわりは、遊んでいる側にもはっきりと伝わってきて、だからこそ嬉しくなるし、愛着がわくんですよね。

天下の名作を前置きにするのもおこがましいのですが…これからギター教室を始める私は、お客さんの前に「ドラクエ10で遊ぶこと」と「ギター教室に行くこと」を並べて、ギター教室を選んでもらう覚悟でやらなきゃいけないんだ、と思います。。
お客さんからしたらどちらも遊びの選択肢のひとつで、全く公平。どちらを選ぶも自由なんですから。

だれしも楽器を初めて買ったとき、ひとりで始めようとすれば、自分で楽しみ方を見つけなければいけません。
何をすればいいか、ヒントをくれる村人はいませんし、どのくらいレベルが上がったかもわかりません。難しい曲を弾けるようになっても、華々しいファンファーレも鳴らないし、王様からご褒美があるわけでもないんですよね。

楽器を手に入れても、「面白い」と感じられるところまでたどり着ける保証はないわけです。そして、それを助けるのが自分の教室なんじゃないかと、ゲームをしながら考えていました。

比べるのはおかしいですし、私はどちらも大好きですが、楽器本来の魅力は、決してゲームに見劣りするものではないと思っています。
ゲームには(ある意味で)必ず終わりがありますが、音楽の世界に終わりはなくて、無限にドラマチックなストーリーがあり、レベルは上がり続けます。
一生終わりがこないもの、人ひとりが死ぬまで続けられるものというのは、本当に貴重だと思います。

楽器を続けることは、すごく素敵なことだと思うからこそ、夢中になって楽しんでもらえるよう、サポートしていきたいんです。
自分が大好きなゲームを作った人たちに負けないくらい、楽器を選んだ人を楽しませよう。そのために、たくさん考えます。

お読みいただきありがとうございます。
ゲーム…

歌詞について

大学生の頃からでしょうか。普段なんとなく音楽をかけるとき、日本語の歌詞の曲より英語の歌詞の曲を選ぶ習慣があります。
英語が好きとか得意とか、そういうわけでもないんです。何語でもいいので、日本語じゃない方が聞きやすい、という感覚があるんですね。

どうしてなのか考えてみたんですが、私には日本語の曲は情報量が多すぎるみたいです。

曲の中には、いろんな情報というか、意識を向けるポイントがあります。
どんなリズムの取り方なのか?
どんな声で、どんなメロディで歌っているのか?
ギターは何をしている?ベースは、キーボードは?それぞれどんな音作りで、いくつ重ねていて…

そんな風に聞いていると、日本語の歌詞が飛び込んできても、なかなか頭に入りません。
ふと歌詞につられて意識を向けると、言葉から連想していろんな場面や、他の本や映画が浮かんだりして…気づいた頃には1コーラス終わっていた、なんてこともあります。

集中して何度も聞かないと、日本語の歌詞はうまく飲み込めないわけです。さらに自分がその曲の歌詞を好きになれるかというとまた難しいので、だいたいの曲は音ばかり聞くことになります。

曲が好きになったら改めて歌詞を調べることもありますが、ああそういう曲なんだなと、後でわかるのもまた楽しくて。
音楽の楽しみ方は人それぞれですが、私はそんな風に聞いています。

お読みいただきありがとうございました。
歌詞ばかり気になる日が私にも、いつか来るんでしょうね。

改めて、がんばります。

あけまして、おめでとうございます。
買ったばかりのMacBookからの初更新で、少し浮足立っています。

せっかくの2019年最初の記事ですから、今年の抱負を書こうと考えてみました。

「1日ずつ、ひとつずつ頑張ろう」です。
抱負というには、少し地味かもしれませんね。

実は、去年のお正月の日記にも同じことを書いていたんですが、そのときは「焦らず」という言葉が付いていました。
早く教室を開こうという気持ちが先に立っていて、そのことでアドバイスをもらっていた時期でした。

私は今、公務員として働きながら、ギター教室を開くべく準備をしています。
だんだんと働く状況が見えて、教室を始める時期も、自分の中にできてきました。
それに、周りに話す機会も増えています。

去年よりもより具体的に、落ち着いた気持ちで考えられるようになってきたと思います。
一方で情熱は失わず、ひとつずつ準備をしていきたいです。

たまにギター教室の話を聞いた人が、「夢があっていい」というニュアンスの言葉をかけてくれることがあります。
励ましてくれているんですが、少しピンと来ないな、とも思います。

自分にとっては夢というほど大げさなものではなくなって、働く内容と場所を変えようかな、というくらいの気持ちなんです。
それは、何より心の準備が進んでいるということなんでしょう。

改めて、ひとつずつ考えて、進めていこうと思います。

お読みいただきありがとうございます。
こうしてブログを書いているのも、そのひとつ。